昨日、書のお稽古の時に
久しぶりに不思議な感覚にとらわれた。
字の中に吸い込まれるような感覚。言葉をかけることなくそっと脇に立ってくれる先生。
まわりの雑音も気にならない、そんな時間に
すべてを忘れて筆を握る。
自宅にもどっても、余韻で頭がぼーっとして
いろんな想いが、そのはるか昔に詠われた詩の世界と重なって
改めて、字の奥深さを感じて、涙がでるというか、自分でもわからぬ感覚に入り込む。
その中で
生死を語るのは辛いこと
生死の短さと長さに違いはないと語ることが愚かなことであること
簡単に口にできることでないこと
が
伝わってきて、下を向くと目元が潤む。
一昨日、闘病中の友人からメールがきていました。
もう麻薬を使わないと動けないと知らされ
彼女の持つ、この世での時間の短さ、そしてそれが途切れる前に薬で
私のことも忘れてしまうであろう、なんとも言い難い想いと
漢詩の意味が重なって
それまで、人生の長い短さは関係ない、充実して生きればよろしい、と
勝手に思っていた愚かさに
だた恥を感じ
無知を知らされた日でした。
Comments